明治時代・大正時代の歴史的な小説家

現代の日本人にとって小説とは、ドラマやアニメ、マンガのようなエンターテインメント性の高い作品になっています。

そんな小説の中でも、日本を代表するような小説家、歴史的な文豪達にはどういった人がいるのでしょうか。

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教科書に載るような文豪達

近代には歴史的な小説家がたくさん存在しますが、明治や大正にはそうした歴史的な小説家が集中しています。

まず近代的な小説を定義したのは、坪内逍遥とされています。

小説とは字のごとく小さな説と書きますが、これとは別に大説というものもあるのです。
坪内逍遥は「小説神髄」にて小説とはどうあるべきかと述べました。

同様に二葉亭四迷は「小説総論」を執筆しました。

明治時代には森鴎外がドイツに渡った後に「舞姫」を発表し、また夏目漱石は「吾輩は猫である」や「坊っちゃん」などを発表しています。

大正時代は短い期間ですが、芥川龍之介が台頭した時期であり、武者小路実篤が「友情」や「人間万歳」を発表し、谷崎潤一郎や永井荷風が活躍した時代でもあります。

こうした時期から昭和に移り、大戦を経験する中で、川端康成や太宰治、志賀直哉などの日本人なら誰でも知っているような小説家が現れるのです。

日本を代表する文豪

夏目漱石

夏目漱石の名を知らない日本人はおおよそいないでしょう。

かつては千円紙幣に肖像が載っていましたし、学校でもその名は教わるはずです。

有名な作品も多く、教師やイギリス留学の後に「吾輩は猫である」「坊っちゃん」を発表し、大正時代には「こころ」や「明暗」を発表します。

特に「こころ」は自殺を扱ったものなので、授業で習った人の中にはショックを受けた人もいるかもしれません。

また学校によっては「こころ」の自殺の場面を部分的に取り上げることもあるらしく、自殺したKを目撃するのが小説の主人公でないことを知らない人もいます。

少し煩雑なのですが、「こころ」は主人公(名前は明かされません)が先生と呼んでいる人物から遺書として手紙を受け取り、その中で先生がかつて友人であるKを自殺に追い込んでしまった、という吐露を知る話です。

芥川龍之介

芥川龍之介は夏目漱石の門下に入っていました。

しかしその間に夏目漱石は亡くなってしまい、芥川はその葬儀の受付をしていたといいます。

「羅生門」や「鼻」などの過去の文学作品を模した時代がかった作品や、「地獄変」や「藪の中」の善悪を超越したような作品を経て、後期には「河童」や「歯車」のようなほの暗い作風に変わっていきます。

芥川龍之介は自殺した文豪としても名を知られていますが、「歯車」は私小説であり、その主人公がまるで芥川自身であるように感じられること、この歯車とは主人公の視界の中に突然現れる謎の歯車であることなどから、なんらかの病気に罹患していたのではないかという推論がなされています。

太宰治

暗い作風で知られる太宰治ですが、太宰は芥川龍之介を敬愛していたとされています。

しかし太宰が学生のころに芥川は自殺をしてしまいます。

それが影響なのかは本人にしか分かりませんが、太宰も自殺未遂を繰り返し、最後には遺書を残して自殺を果たしてしまいます。

また最も有名な「人間失格」は遺書のようなものともされており、薬物中毒や性的虐待と見られる表現があり海外からの反響も強い作品です。

まとめ

○小説論のさきがけとしては坪内逍遥の「小説神髄」が挙げられる。
○明治から大正、また昭和にかけて教科書に載るような文豪が頻出する。
○夏目、芥川、太宰など日本の文学が連綿と続いてきている繋がりもある。

歴史的な小説家というと、やはり明治や大正あたりの作家が多く、昭和や平成以降のエンターテインメント小説はまだ挙げられる小説家は多くありません。

そんな中でも誰もが知り教科書に載るような文豪には、それだけ有名である理由があるものなのです。

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