大正時代の有名な3人の小説家

現代の小説は、明治時代にその礎が築かれたとされています。

日本の近代史の中では他に比べて短い大正時代ですが、この時代にはどういった小説家がいたのでしょうか。

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芥川龍之介

日本有数の小説家

芥川龍之介の名前を知らない日本人は、ほとんどいないでしょう。

「羅生門」や「蜘蛛の糸」で知られる芥川は、1914年に処女作の「老年」を発表し、「続西方の人」を執筆した1927年に自殺しています。

以降の小説家に多大な影響を与え、太宰治などは芥川に心酔していたといいます。

「蜘蛛の糸」や「杜子春」など昔話のような訓戒を含んだような短編が多いので、教育をする側からは示唆に富んでいて扱いやすい面があるのでしょう。

しかし「河童」や「歯車」のような後年の作品は暗いものが多いのも特徴的です。

また娘が燃える様を絵に描いて自殺する「地獄変」や、殺人事件の証言がどれも矛盾し謎が謎を呼ぶ「藪の中」など、一風変わったものもあります。

自殺した文豪

まったく名誉な話ではないのですが、自殺した文豪として芥川はとても有名です。

彼に憧れていた太宰治に自殺癖があったのも、芥川の影響があるという人もいるくらいです。

その自殺の理由は「ぼんやりした不安」と記しており、今なおその根本的な原因は議論の的となっています。

夏目漱石

大正時代に亡くなった文豪

夏目漱石は、明治時代から活躍していた小説家です。

「吾輩は猫である」や「こゝろ」が国語の教科書に載っていたりするので、覚えている人も多いでしょう。

「明暗」を執筆している最中の1916年に50際間近で逝去したので、晩年の作品が大正時代のものとされます。

逝去の前には芥川も漱石門下に入門しています。

また旧千円札に、聖徳太子・伊藤博文とならび印刷された偉人です。

教師だった漱石

夏目漱石は教師を務めた後にイギリス留学をし、イギリスの文学を大学で教えながら小説を執筆していたといいます。

特に「坊っちゃん」は漱石の教師時代の経験をもとに執筆されており、主人公は当時の同僚がモデルともされています。

武者小路実篤

武者小路実篤は、明治時代末から昭和時代にかけて活動していた小説家です。

大正時代の作品だと「友情」や「人間万歳」が有名でしょう。

実篤は農作業をしながら執筆するなど、今の小説家の活動とは似つかない執筆活動をしていたといいます。

戦争賛成を訴える小説家としても知られることがあり、そのためあまり長くはありませんが、議員としても活動していた時期があります。

まとめ

○芥川は訓戒に富んだ作品があるが、後年は暗いものが多い。
○夏目漱石は明治から活躍し、教師だった経験から「坊っちゃん」を執筆したとされる。
○武者小路実篤は、戦争賛成や議員としての活動もしていた。

大正時代は第一次世界大戦が勃発したまさに変動の時代でした。

そうした中でこうした文豪の作品も、日本全国に様々な影響を与えていったのです。

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