小説家がよくする表現の仕方

小説を書き始めたばかりの方々にとっては、小説における表現の仕方というものがわかりづらかったりすることがあるかもしれません。

小説家がよくする表現の仕方には、いったいどういったものがあるのでしょうか。

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視点

小説を執筆する上で、視点の設定はどうしても欠かせません。

特に多用されるのが、一人称視点と三人称視点です。

小説家によって好みが分かれるところでもあり、こだわりをもっていずれかの視点を使い続ける小説家もいます。

一人称視点

一人称視点とは「その人の視点」です。

ざっくりというと主人公の視点ということになります。

たとえば物語の冒頭で「俺の名前は~」と自己紹介が始まるのは、この一人称視点です。

三人称視点ですと「彼の名前は~」と、主人公とは別の視点で語られます。

この一人称視点は小説初心者でも書きやすく、情報もまとめやすいのですが、ともすれば文章全体が幼いイメージで固まってしまいます。

特にライトノベルはセリフによる表現が多く、地の文といわれるカギカッコでまとめられない描写を行う文章が少なくなりがちです。

三人称視点

一人称と違って、すべてをキャラクターとは別の視点で描くのを三人称視点と呼びます。

三人称視点はおおまかに2種類に分けられ、通常の三人称視点と神視点と便宜的に呼ばれています。

どちらも基本的には、ドラマや映画のカメラに似ています。

だいたい登場人物の背後や前面からカメラで映している映像を文章で描写しているようなイメージです。

通常の三人称視点はおよそカメラが主人公にのみフォーカスされ、ときおり他の人物にカメラが移る程度ですが、神視点としてのカメラは主人公以外にも頻繁に移動します。

そして登場人物の誰もが知りえない情報すらそのカメラは追うので、「神のみぞ知る情報を知りうる」視点として神視点と呼ばれるのです。

群像劇

三人称視点を利用した物語で、群像劇というものがあります。

表現の仕方としては、いささか特殊ともいえます。

これは物語を細かく分けて、カメラを色々なキャラクターの後ろに移動させるものです。

つまり主人公以外の描写を頻繁に行うため、他のキャラクターがより際立つのですが、それに応じて相対的に主人公の影が薄くなりがちです。

映画化された「告白」などがそれに当たります。

「告白」の場合は章ごとにそれぞれ主人公に該当する人物が別に割り当てられているため、物語全体の主人公というのはほぼいないのと同義に近しくなっています。

伏線

伏線とは

また物語を創作する上では、伏線を上手に用いるのも重要でしょう。

伏線とはおおよそ「今現在では分からないが、後々判明する出来事、またそれをほのめかすこと」といえます。

たとえば探偵もので、現在はまだ誰か犯人は分かっていないものの、主人公である探偵は既に得られた情報でだいたいの予想をつけている、というような状況です。

物語の中の探偵はその情報で目星を付けられるものの、読者はそれがどういったものなのか把握できずにいる、という上手な情報操作が重要になります。

小説家にとっては、この伏線をいかに上手に利用するか技術が問われるところでもあります。

プロット

こうした伏線は、プロットにて作成できます。

プロットは小説における設計図のようなものです。

本文を執筆する前にあらかじめプロットとして物語の展開を考えておくことで、本文を書きながら考えるよりずっと容易に伏線を配置することができるのです。

まとめ

○一人称視点は扱いやすいが、子供っぽくなりがち。
○三人称視点はカメラの移動が多いが、群像劇などの発展形がある。
○プロットを利用して伏線を上手に配置すると深みをもたせられる。

視点の扱い方は表現の仕方として、書き始めたばかりでは少しわかりづらく、いくつか作品を読まないと理解しにくいかもしれません。

しかし映像作品を多数鑑賞していれば、おのずとわかってくるものでしょう。

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