近年はライトノベルの人気もあり小説家になりたがる人が増えています。
また小説家になるのに学歴が関係ないと一般には言われていますが、実情はどうなのでしょうか。
学歴に関係なく小説家としてデビューできる可能性がある
実際のところ、学歴というものは小説家になるのにまったく関係ないものです。
低学歴でも小説は書ける
小説を書くのは、基本的にしっかりとした文章が表現できれば執筆できます。
たとえば日本語が上手ではなかったとしても、そういったキャラクター性で売っているタレントがカタコトの日本語で執筆すれば、それも立派な小説となるでしょう。
論理的に誤りのない日本語や、日本語的になんら齟齬のない文章であることが、小説として有能だとは限りません。
ときには論理的・日本語として誤りであっても、それが読者に感銘を与えたり名言になったりすることはあります。
そういった点では、低学歴であることはなんら小説を書くことの障害になりません。
不幸を売りにすることもできる
小説には私小説や自序小説がありますので、小説家みずから自分の半生をフィクションを交えながら表現することができます。
有名な「ホームレス中学生」のような話を、よりフィクションとして表現すれば小説として発表できます。
また映画ともなった海外の「スリーパーズ」という小説は、いたずらが結果的に他人を傷付け少年院に送られた少年達が看守からの性的虐待に遭い、大人になってから復讐するという話で、これはノンフィクションだと当時いわれていました。
(現在ではこの「スリーパーズ」はノンフィクションではないといわれています)
こうした過去に経験したということを発表すれば、注目は集まります。
もちろんそれが嘘であったと明らかになった場合は、その後の仕事に影響を与えることになりかねませんので、核心の部分をフィクションにするべきではありません。
学歴は関係ないが、才能はもちろん必要
以上のように小説家になるのに学歴は必要ありません。
しかし当然の論理として、学歴のない人が小説家を目指せば必ず成功するというものではありません。
学歴のない人でも門戸は開かれていますが、決して有利なわけではありません。
職業として成立させるには継続的な成功が必要
小説を継続的に売り続けるには、やはり能力が必要です。
ましてやもともと無名の一般人が小説家になるとすれば、さらに道は険しくなります。
こうした継続的な成功を実現させる根拠に、「学歴」というのはあまりに浅薄であるということです。
いってしまえば、学歴がなかろうが能力を求められる、ということでもあります。
一発屋
一作の小説を執筆し売ることは、たとえばタレントのように既に有名である人などにとっては難しくはないでしょう。
また有名な賞を受賞した場合は、その瞬間はとても注目されるものですが、以降の作品は受賞したという勲章だけでは販売できるものではありません。
そういった中、どうしても埋もれてしまう人材は出てしまうものなのです。
まとめ
○小説を書くのに学歴はまったく関係ない
○日本語が下手であったり学のなかったりすることが売りになることもある。
○しかし継続的な成功に学のないことはなんら好影響を与えない。
小説家というものは自称することもできる上、面接のような認定作業もありません。
しかしどうしても能力というものが必要にはなってくるものなのです。